日常生活に活かす心理学のエッセンス

井上立子アナウンサーと竹内令優所長
写真提供:東海ラジオ
社会性を身につけ、信頼関係を築く秘訣・アサーション(自己表現)のすすめ
美しい桜の花と共に迎える新年度・新学期。新入社や職場の異動、また新入学や進級によるクラス替え等、新しい環境の中で「さあ頑張るぞ!」という期待の陰で、新たな人間関係への不安を感じている方も多いのではないでしょうか。 実際、職場における三大ストレスは「仕事の量」「仕事の質」「人間関係」と言われ、また「悩みの90%以上は人間関係から生じている」というのが定説です。良好な人間関係の構築こそ、まさに「人生の成功の鍵」と言っても過言ではありません。
信頼関係を築いて行く上で「主張行動」すなわち「言うべきことを過不足なくきちんと言うこと」がとても大切です。行動療法から開発されたこれを「アサーティブ」と言います。しかし現実には、言うべきことをはっきり主張できなかったり(非主張行動)、あるいは逆に、つい余計に言いすぎてしまい(攻撃行動)、そのために周囲との関係を築けないでいる人が少なくありません。
しかも私たちを取巻く人間関係はけっして一様ではなく、家族、親類、友人、職場・学校・地域等の知人、通りすがりの他人等、さまざまな関係から成り立っています。また、同じ職場の知人でも、上司・部下・同僚というように、縦と横の関係でとらえることが出来ます。
このように多様な人間関係の中で「非主張行動」と「攻撃行動」を使い分けている人も、けっして少なくはありません。
たとえば、職場や学校の知人には非主張行動を取っているのに、身内や他人には攻撃行動で臨む人がいます。逆に、知人や他人には攻撃行動を取るのに、身内には非主張行動しか取れない人もいます。また、上司には非主張行動を取りながら、部下には攻撃行動で臨む人もいます。
このような使い分けは、日頃から適切な主張行動が取れないために生じるのであり、一方で非主張行動を取ると、その反動として、他方で攻撃行動に出るのだとも言えます。
N氏は家族三人で花見の帰りに夕食のためにレストランに立ち寄り、皆、カツカレーを頼みました。遅いうえにウェイターが運んできたのはビーフカレーです。そこでN氏の取った行動は・・・。
<非主張行動>
N氏は家族に「こんなに待たせた上にビーフカレーなんて・・・。もうこの店には来ないぞ」と愚痴をこぼすが、ウェイターには何も言わずに笑顔で受け答えする。せっかくのカレーは不味く、こんな店に連れてきてしまったことと、注文通りの物を要求し直さなかったことを後悔する。自分がすっかり萎縮してしまった気持ちになる。
<攻撃行動>
N氏は怒ってウェイターを呼び、「おい!いったいどうなってんだ、カツカレーを頼んだのだぞ!しかも遅いじゃないか!」と大声で怒鳴り、注文通りのカレーを要求する。自分の要求が通ったことと料理には満足したが、怒鳴ったことでその場が気まずい雰囲気になってしまった。家族は気まりが悪く、夕食の雰囲気も台無し。一方ウェイターも侮辱された感じがして、不愉快な気持ちがなかなか治まらない。
<アサーティブ>
N氏はウェイターに合図をしてテーブルに呼び「自分たちはカツカレーを注文したのだから、取り替えて欲しい。注文を取ったのは5番というバッジをつけた長身のウェイターの方でした。早くお願いしますね」と伝え、ていねいに、しかもはっきりと頼む。ウェイターは間違いを詫び、まもなくカツカレーを運んでくる。N氏も家族も花見の余韻とともに夕食を楽しみ、またN氏は自分の行為に満足して自信を高める。ウェイターも客が満足したことで気分が良い。
アサーティブとは、このように自分の気持ちや考えを正直かつ率直に、しかもその場にふさわしい方法で相手に伝える方法です。相手のことも配慮するやり方、自分も相手の気持ちも大切にしたやり方で、交流分析でいうところの「私もOK、あなたもOK」につながります。
もちろん、どんなにアサーティブに表現したとしても、それが相手に受け入れてもらえるとは限りません。お互いが率直に意見を出し合えば、相違点も出てくるでしょう。その時に、攻撃的に相手を打ち負かしたり、非主張的に相手に合わせたりするのではなく、お互いが歩み寄って一番良い建設的妥協点を探ることがアサーティブな方法と言えるのです。
アサーティブな行動を身に付けることを「アサーション」と言い、家庭や学校、職場などさまざまな場面で必要とされるコミュニケーション・スキルです。 非主張行動でも攻撃行動でもなく、アサーティブによって誰にでも接することが出来れば、対人関係のトラブルは大幅に減少し、すべての人々がイキイキと暮らせるようになるのです。
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大阪府立公衆衛生研究所での調査結果(対象:1600人の会社員)
【ワシントン医科大学ホームズ博士らによるストレス調査を参考に作成】